感じる心

「自分の感受性くらい」

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志しにすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
〜茨木のり子〜

という詩に会いました。

感受性というのは宝物であり、
ときとして重荷になる。

なぜなら、つらいことばかりが続けば、魂も肉体もくたびれる。

一見、おだやかで幸せそうにしていても
魂は傷ついていて、
気持ちを感じたくなくなり、
言葉にしてもしかたない

というときがありました。
実は今も時々そうなるときがあります。。

だけど、

感じないで生きているのは
生きながら死んでいるのと同じ


そう思うのです。

だから、命があるなら、
生きているもの同士の
心と心、魂と魂が共鳴する場を創りたい

その自分が、まずは、
人や世界と共鳴を感じたい

そのために
感じる心を大切にしていたい

自分の感じる心に水をやっているか、
わかってもらえない自分を
時代や人のせいにしていないか、

感じる心を持った自分の魂を
自分で守り大切にしているか、

それを自分に問いながら、
そのとき目の前にいてくれる相手と
コミュニケーションをとっていきたい



Life is beautiful

こころとからだを調えて、個人や組織が本来持っている可能性を最大限に発揮し合うことで、よりしあわせに生きる人が増えることを願っている、cocokara_labo のブログです。